東中野は角界名士の屋敷と華洲園があった旧小滝町だった話

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手作り感溢れるレトロな掲示板のある東中野5丁目。

東中野5丁目と名を改める前まで、この一帯は小滝町という町名だったようです。

東中野本通りと神田川の間は高台は通称小滝台

周辺のアパート・マンション名には未だに小滝町の名前が残ってます。

江戸時代には宿場町・近郊農村として。

大正期からはこの一帯には角界名士の屋敷街となっていました。

今では一般住宅が立ち並んでます。

中には立派な建物も多いですが、1・2丁目に比べれば高級住宅も少ないかと。

若者の一人暮らしにも向いている物件も見られます

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花園・華洲園があった場所

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明治の末期から大正初期にかけての話。

この一帯では四季折々各種の花が咲き、東京の市中に提供される花園があったようです。

華洲園と呼ばれており、昔を知る方曰く、一帯は昆虫の宝庫でカブトムシやクワガタが沢山。

今では新宿高層ビル群が見え、その面影は一切ありません。

花園は無くなっても、マンション名に名前が残ってました。

大正時代には花園としての役割を終える。

それから藤堂伯爵、陸軍大将の井上幾太郎氏・三越社長の中村利器太郎氏など角界名士が住み始めます。

ちなみに花園以前の江戸時代、京都の両替商であった仙波氏の所有であったことから仙波山と呼ばれ、更に時を遡れば将軍家の鷹狩場、また春日局の下屋敷があったとか。

伝説や話題に事欠かない場所が東中野5丁目にはあります。

旧東中野小学校跡地

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2009年少子化に伴って廃校となった東中野小学校。

廃校から数年が経ち、学校跡地は綺麗な平地となってます。

高台となっているため、神田川沿いから向かう道中、急勾配の坂道が幾つかアリ。

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結構な角度ある坂道ですが、地元住民の方々にはよく利用されている模様。

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ここが学校の裏門だったのかな。

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なかの区議会の議事録を確認してみると、多目的施設や公園が作られるようです。

新宿方面への眺望には遮る建物がありません。

高台となっていることから、新宿高層ビル群が綺麗に見渡せそう。

東中野は大きな公園がなく、自然が少ないと言われがち。

ここに公園が出来れば東中野で最も大きな公園になるかも。

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